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しまでをかたる

死までを語る

直木 三十五

「話」1933(昭和8)年9月号~1934(昭和9)年3月号

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 42,739 字 · 85 页

青空文庫

この恋愛事件の最中に、一寸、上京した事があった。これが、最初の上京で、宿は、本郷の元の久米正雄の家へ行く、右側の第二何とか館というのであった。

この時に、中学入学以来初めての写真をとったが、これも、差押えでなくなってしまった。黒木綿の紋付羽織に、白の長い胸紐、今では、暴力団の外に見られない書生風俗であった。男振りもよかった。

二十二

この時の上京は――上京してみたくて堪らないので、父へ、下宿の安い所を捜すつもりだし、南も行ったし、藤堂も行ったし、早く行って、準備しておく必要があるという口実であった。

南も、藤堂も知らぬが、六十になっても死にそうには無いし、弟が十歳になって、これも、学校の成績はいいし

「貧乏人でも、倅の教育だけは、人に負けまへん」

と、二十年近く同じ町内に住んでいて、古顔になった父は、倅の自慢が、何よりも好きであった。文字通り、食を割いても、学資の方へ廻してくれた。

今春陽会の会員である洋画家藤堂杢三郎が、早くから上京して、駒込蓬莱町の下宿にいた。郁文館中学の左隣りで、これも、第二何んとか館という名である。久米氏の近くのは月二十円で、高級であるが、ここへくると月十六円で、二十五円学資をもらうと、十分にやって行けた。