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しまでをかたる

死までを語る

直木 三十五

「話」1933(昭和8)年9月号~1934(昭和9)年3月号

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 42,739 字 · 85 页

青空文庫

本をことごとく売り払い、着物のいい物を、ことごとく入質してしまった。

三十七

「うむ、何うも」

と、いうより外に、友人が来ても、話をする興味が無い。第一に、それらの友人は、ことごとく就職してしまって、そうは遊びに来ない。本は売ってしまって読むものはないし、入質したものを、古着屋へ売って、その差額を幾度か得た。これは、古着屋の常だから、こういう方法を知っているのである。友人に、金を貸せということは絶対に云えないし、貸す余裕のある者もいないし

「魚なんかいいよ、お前は、乳が出るんだから」

と、云うようなことになると、強気の女房も、少しずつ悄気出した。ある日、求人欄を見ていると、当時、日比谷公園の、今の――美松の前辺に、いんちき横町、山かん横町というのがあったが、そこへ入る所に、木造洋館の「実業の世界社」があった。そこで、記者を募集しているのである。私は、女房に黙って、家を出た。懐中に、十二三銭もあったから、往復切符を買おうか、片道にしようか、この一銭の差で、可成り考えて

(一銭損でも、職にありつければいい。もし駄目だったら復券は食事にならんから)

と、駄目なら、帰りは歩くつもりで、出かけて行った。