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しまでをかたる

死までを語る

直木 三十五

「話」1933(昭和8)年9月号~1934(昭和9)年3月号

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 42,739 字 · 85 页

青空文庫

取次が、二階へ上れ、と云うので、二階へ行って、云われた扉を開けると、右側の机に、くりくり坊主の男がいて、こっちを向くと

「もうきまった」

と、云って、又机に向ってしまった。これが安成貞雄氏であった。私は、暫く呼吸もしないでいたが、それから、お濠の端を、早稲田まで歩いて帰ってきた。このことは、未だに女房は知らないであろう。私は、こういうこととか、困ったとか、何うしようかと云うようなことは、一切女房に云わないし、女房も又

「何うしましょう」

というような種類の言葉は、決して口にしなかった。これは、貧乏に処する一つの方法である。私の家が古着屋故、着物を送らすのは、金を送らすよりも便利であったから、時々口実を設けては送らせたが、それは、高の知れたものであるし、その着物を送れと書いた手紙に貼る三銭切手が買えないで、幾日も床の間の上に置いてあるようになった。米屋や、八百屋に借金が出来て行った。隣りの大家に見つからぬようにしなくてはならぬようになってきた。

三十八

保高が

「君の妻君、文章が書けるかね」

と云ってきてくれた。

「文章って、手紙位なら」

「実は、婦人記者が一人いるが、勤めるか。