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せっしょうだにのおにび
殺生谷の鬼火
山本 周五郎
「新少年」1937(昭和12)年9月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 9,545 字 · 19 页
敦夫はぶるっと身震いをした。――とその時である。蘆の葉に鳴る雨の音より他に、なんの音もしない荒涼たる殺生谷の何処かで、
うるるるるるう――。
と云うような奇妙な呻声が起った。
「あ、怨霊の声だ」
敦夫は咄嗟にそう思った。彼は爪先から氷のような恐怖が這登るのを感じて、思わず猟銃を執直した。呻声は直ぐ続いて起った。
うるるるる! くうくう――。
それは明かに沼の中から聞えて来るのだ。変に陰気な、本当に怨霊が哭くと云いたいような声である。――敦夫は猟銃を執上げて、ぐいと沼の方へ狙いをつけた。と――それと殆ど同時に、背後からざわざわと物の気配がした。
「――何か来る」
そう気付いて、敦夫は素早く蘆の茂みへ跼みこんだ。
この恐ろしい殺生谷へ、然もこんな雨の降る黄昏どきに来るのは何者だろう、――息を殺しているとやがて、高い蘆のあいだからぬっと黒い外套が現われた、それは旧式の頭巾附きのもので、頭からすっぽりかぶっているため、顔も体つきもまるで分らない。……男はぴたりと足を停めて、暫く四辺の様子を窺っていたが、敦夫の前を通って奥の方へ去った。
くうーんくうーん うるるる。