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せっしょうだにのおにび
殺生谷の鬼火
山本 周五郎
「新少年」1937(昭和12)年9月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 9,545 字 · 19 页
黄色い粉
敦夫はそれに弾丸を装填すると、女中を呼んで食事を命じ、手早く済ませて雨帽子と外套を着込み、
「些っと其辺を歩いて来るから」
と云い置いて家を出た。
雨はまだ降頻っていた。森も畑の作物も荒地の草も、ぐっと気温の下った雨に濡れて身震いしているように思われた。敦夫は外套の衿を立てて雨帽子の庇を深く引下し、銃を右の小脇に抱えて街道へ出ると、耕地のあいだを真直に北へ向って歩きだした。――四十分ばかり行くと道は二つに岐れる、それを右に取って更に三十分ばかり、ひどい泥濘の道を進むとやがて、右側が緩い斜面の丘になり、左手に灌木の茂みが展がっている場所へ出た。敦夫はその灌木の中へ入って行った。
進むに順って地盤が柔かくなり、ともすると長靴をずぶりと踏込んで了う、そしていつか灌木をぬけて蘆の生えた湿へ出たと思うと、急に眼前へ殺生谷の底無し沼が姿を現した。
黄色い粉
敦夫は殺生谷の周囲を二時間あまりも歩き廻った。――鼠色の雨空、濡れた蘆、ぬるぬると粘菌類や陰科植物の繁殖した沼地、……それは奇怪な鬼火の伝説がなくとも、実に不気味な、陰惨な光景だった。
「この沼の底に百余人の土人の死体が沈んでいるのだ、その他にも鬼火に誘われた幾多の人が……そして母さんの死体もあるのだ、――呪われた沼よ」