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ぼしじょじょう
母子叙情
岡本 かの子
「文学界」1937(昭和12)年3月号
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 77,355 字 · 153 页
かの女は元来、郷土的の女であって、永く郷国の土に離れてはいられなかった。旅費も乏しくなった。逸作も日本へ帰って働かなければならない。そこで、せめて、かたみに血の繋がっているむす子を残して、なおも、この都とのつながりを取りとめて置く。そんな遣瀬ない親達の欲情も手伝って、むす子は巴里に残された。
「お母さん、とうとう巴里に来ましたね」
今後何年でもむす子のいるかぎり、毎年毎年、マロニエが巴里の街路に咲き迸るであろう。そしてたとえ一人になっても、むす子は「お母さん、とうとう巴里に来ましたね」と胸の中で、いうだろう。だが、それが母と子の過去の運命に対する恨みの償却の言葉であり、あの都に対するかの女とむす子との愛のひめ言の代りとは誰が知ろう。
そうだ。むす子を巴里に残したのは一番むす子を手離し度くない自分が――そして今は自分と凡ての心の動きを同じくするようになったむす子の父が――さしたのだ。
かの女は、なおも、こんな事を考えながら、丸の内××省前の銅像のまわりのマロニエの木をよく見定め度い気持で、外套の袖で、バスの窓硝子の曇りを拭っていると、車体はむんずと乗客を揺り上げながら、急角度に曲った。