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ぼしじょじょう

母子叙情

岡本 かの子

「文学界」1937(昭和12)年3月号

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 77,355 字 · 153 页

青空文庫

そのひまに窓外の闇はマロニエの裸木を、銅像もろとも、掬い去った。かの女は席を向き直った。運転台や昇降口の空間から、眩しく、丸の内街の盛り場の夜の光が燦き入った。

喫茶店モナミは、階下の普請を仕変えたばかりで、電灯の色も浴後の肌のように爽やかだった。客も多からず少からず、椅子、テーブルにまくばられて、ストーヴを止めたあとも人の薀気で程よく気温を室内に漂わしていた。季節よりやや早目の花が、同じく季節よりやや早目の流行服の男女と色彩を調え合って、ここもすでに春だった。客席には喧しい話声は一筋もなく、室全体として静物の絵のしとやかさを保っていた。ときどき店の奥のスタンドで、玻璃盞にソーダのフラッシュする音が、室内の春の静物図に揮発性を与えている。

人を関いつけないときは、幾日でも平気でうっちゃらかしとくが、いざ関う段になるとうるさいほど世話を焼き出す、画描き気質の逸作は、この頃、かの女の憂鬱が気になってならないらしかった。それで間がな隙がな、かの女を表へ連れ出す。まるで病人の気保養させる積りででもあるらしく、機嫌を取ってまで連れ出す。しかし単純な彼はいつも銀座である。