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ぼしじょじょう

母子叙情

岡本 かの子

「文学界」1937(昭和12)年3月号

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 77,355 字 · 153 页

青空文庫

「イチローさんは、何だか女の気持を見抜いているような眼をした子供さんね。子供さんでも、あのお子さんに何か云われると、仕舞いに泣かされちまうわ。怖いわ」

そう云いながら、彼女達は家へ来るとイチローさんイチローさんとしきりに探し求めた。

なぜだろうか。それはかの女にも原因があるのではないかと、かの女は考えた。

かの女は、むす子が頑是ない時分から、かの女の有り剰る、担い切れぬ悩みも、嘆きも、悲しみも、恥さえも、たった一人のむす子に注ぎ入れた。判っても、判らなくても、ついほかの誰にも云えない女性の嘆きを、いつかむす子に注ぎ入れた。頑是ない時分のむす子は、怪訝な顔をして「うん、うん」と頷いていた。そしてかの女の泣くのを見て、一緒に泣いた。途中で欠伸をして、また、かの女と泣き続けた。

稚純な母の女心のあらゆるものを吹き込まれた、このベビー・レコードは、恐らく、余白のないほど女心の痛みを刻み込まれて飽和してしまったのではあるまいか。この二十歳そこらの青年は、人の一生も二生もかかって経験する女の愛と憎みとに焼け爛らされ、大概の女の持つ範囲の感情やトリックには、不感性になったのではあるまいか。