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くつかけより

沓掛より

寺田 寅彦

「中央公論」1933(昭和8)年10月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 8,751 字 · 18 页

青空文庫

そうしていっそうおもしろいのはこの草の花である。地上からまっすぐに三尺ぐらいの高さに延び立ったただ一本の茎の回りに、柳のような葉が輪生し、その頂上に、奇妙な、いっこう花らしくない花が群生している。肉眼で見る代わりに低度の虫めがねでのぞいて見ると、中央に褐色を帯びた猪口のようなものが見える。それがどうもおしべらしい。その杯状のものの横腹から横向きに、すなわち茎と直角の方向に飛び出している浅緑色の袋のようなものがおしべの子房であるらしく、その一端に柱頭らしいものが見える。たいていの花では子房が花の中央に君臨しているものと思っていたのに、この植物ではおしべが中軸にのさばっていてめしべのほうが片わきに寄生したようにくっついているのである。ところが、また別の茎を取って点検してみると、花が盛りを過ぎてすでに受胎を終わったと思われるのがある。そういうのだと、結実した子房はちゃんと花の中心に起き直って、今まで水平の方向を向いていた柱頭が垂直に天上をさしている。すなわち直角だけ回転している。そうして、おしべはと見るとどこへ行ったかわからない。よく見ると子房の基底部にまっ黒くひからびた虫の糞のようなものがある。