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くつかけより
沓掛より
寺田 寅彦
「中央公論」1933(昭和8)年10月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 8,751 字 · 18 页
それが役目を果たしたおしべの残骸らしく思われる。それが、はち切れそうに肥大した子房の尻に敷かれて哀れをとどめているのである。
種の保存の任務を果たす前は雄が中央にのさばって雌を片わきに押しよせている。それが、役目がすむと直ちに枯死してしまった、あとは、次の世代を胎んだ雌のひとり天下になると見える。蜜蜂やかまきりの雄の運命ともよく似たところがあるのである。蜜蜂の雄虫は生殖の役目を果たすと同時に空中から石のごとく墜ちて死ぬ。かまきりの雄は雌に食われてその栄養になる。こういう現象の共通性はどうも偶然とは思われない。種族の保存上必要な天然の経済理法によるものかもしれない。人間の場合にこの理法がどういうふうに適用されるものか、それはわからない。しかし、妻子を食わせるために犠牲になって枯死する人間の多いことだけは事実である。しかし、結局人間でも昆虫でも植物でも、そうして死ぬることによって自分の生命を未来に延長させているのである。
ヴェランダの上にのせた花瓶代用の小甕に「ぎぼし」の花を生けておいた。そのそばで新聞を読んでいると大きな虻が一匹飛んで来てこの花の中へもぐり込む。