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かわあかり
河明り
岡本 かの子
「中央公論」1939(昭和14)年4月号
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 49,244 字 · 98 页
た。
「大昔、この川の優勢だったことは、あの本郷駒込台とこちらの上野谷中台との間はこの川の作った谷合いだと申します。調べると両丘にはその川の断谷層がいまだにごさいます」
私の蕩々としている気分の中にも、この娘の語ることが、もはや単純な下町娘の言葉ではなく、この種の智識にかけては一通り築きかけたもののあるのを見て取った。慎しく語ろうと気をつけている言葉の端々に関東ローム層とか、第三紀層とかいう専門語が女学校程度の智識でない口慣れた滑らかさでうっかり洩れ出すのを、私の注意が捉えずにはいなかった。
「とてもそういうお話にお詳しいのね。どうしてあなたが、こう申しちゃ何ですけれど、下町のお嬢さんのあなたが、そういう勉強をなさったのですか、素人にしちゃあんまりお詳しい……」
娘は、
「河岸に育ったものですから、東京の河に興味を持ちまして……それに女子大学に居りますうち、別にこういうことに興味を持つ友達と研究も致しましたが……」と俯向いて云うと、そこで口を噤んだ。
「たった、それだけで、こんなにお詳しい?」
私は、娘の言訳が何かわざとらしいのを感じた。何かもっと事情ありげにも思ったが、私はまたしてもこの家の人事に巻き込まれる危険を感じたので、無理に気を引締めて、もっと追求したい気持ちは様子に現わさなかった。