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かわあかり

河明り

岡本 かの子

「中央公論」1939(昭和14)年4月号

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 49,244 字 · 98 页

青空文庫

「ほんとにそういう物質的のもので、精神的のものが牽制できるものならば、私の関り合いにも一人飲ませたい人間があるんでございますわ」

その言葉は、真に自分の胸の底から出たものとも、相手の話手に逆襲するとも、どっちにも取れる、さらさらした間を流れた。

そこに寂しい虚白なものが、娘の美しさを一時飲み隠した。それは、もはや二度と誰もこういう方面に触る話をしようとするものはなくなったほど、周囲の人間に肉感的なもの、情慾的なものの触手を収斂さす作用を持っていた。それで、娘が再び眼を上げて華やかな顔色に戻ったとき、室内はただ明るく楽しいことが、事務的に捗取って行く宴座となった。けれども、娘は座中の奉仕を決して、義務と感ずるような気色は少しも見せず、室内の空気に積極的に同化していた。

中老の詩人社長は、欄干の籐椅子で、まだビールのコップを離さず、酔いに舌甜めずりをしていた。

「東北風を斜に受けながら、北流する海潮を乗り越えつつ、今や木下君の船は刻々馬来半島の島角に近づきつつあるのです。送るのは水平線上の南十字星、迎えるのは久恋の佳人。いいですな。木下君は今や人間のありとあらゆる幸福を、いや全人類の青春を一人で背負って立っているようなものです」