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かわあかり

河明り

岡本 かの子

「中央公論」1939(昭和14)年4月号

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 49,244 字 · 98 页

青空文庫

彼はすっかり韻文の調子で云って、それから、彼の旧作の詩らしいものを、昔風の朗吟の仕方で謡った。

星の海に

船は乗り出でつ

魂惚るる夜や

…………

…………

親しき息は海に通い

ささやきは胸に通い

…………

浪枕

社長は私が話した海の上の男と、娘との間の複雑した事情は都合よく忘れて仕舞い、二人の間の若い情緒的なものばかりを引抽いて、或は空想して、それに潤色し、自分の老いの気分に固着するのを忘れ、現在の殻から一時でも逃れて瑞々しい昔の青春に戻ろうと努めているらしいその願いが如何にも本能的で切実なものであるのに私の心は動された。朗吟も旧式だが誇張的のまま素朴で嫌味はなかった。

親しき息は海に通い

ささやきは胸に通い――――

壁虎が鳴く、夜鳥が啼く。私にも何となく甘苦い哀愁が抽き出されて、ふとそれがいつか知らぬ間に海の上を渡っている若い店員にふらふらと寄って行きそうなのに気がつくと、

「なにを馬鹿らしい。人の男のことなぞ」

と嘲って呆れるのであるが、なおその想いは果実の切口から滲み出す漿液のように、激しくなくとも、直ぐには止まらないものであった。

何がそうその男を苦しめて、陸の生活を避けさせ、海の上ばかり漂泊さすのか。