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ぬまのほとり
沼のほとり
豊島 与志雄
――近代説話――
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 7,788 字 · 16 页
駅内の人々は、次第に散ってゆきました。けれどまだ、多くの者が、立ち話をしたり、腰掛にもたれたりしていました。
上り列車が来ました。超満員の客車は、切符を持ってる少数の人々を更に吸収して、夕闇の中に去ってゆきました。
佐伯八重子は、置きざりにされた人々の中に交って、ぼんやり佇んでいました。慌しく出て来たために、往復切符の手配は出来ていませんでしたし、今や、帰りの切符は買えず、途方にくれました。和服に草履の身扮で、しかも疲れきったか弱い足で、次の駅まで歩くことは到底望めませんでした。たとい歩いて行ったとて、それから先がまたどうなるものやら、それも分りませんでした。
当もなく、八重子は、町筋の方へ行ってみました。急に暮れてきて、どの家にも電灯がついていました。
薄汚れた暖簾のさがってる蕎麦屋がありました。黒ずんだ卓子が土間に並んでいて、やはり兵営での面会帰りと見える人たちが、代用食らしい丼物を食べていました。
八重子もそこにはいってゆき、お茶を飲みました。そしてお上さんにいろいろ尋ねてみて、この辺には宿屋もなく、乗り物もなく、泊めてくれる家も恐らくないことを、知りました。