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ぬまのほとり

沼のほとり

豊島 与志雄

――近代説話――

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 7,788 字 · 16 页

青空文庫

下りの列車が通りました。八重子はただ薄眼をあけてみただけでした。数名の人が降りていったようでした。

八重子はまた眼をつぶりました。

軽く、桐の吾妻下駄らしい音が、八重子の前に止りました。

「あの……失礼ではございますが……。」

まっ黒な七分身のコートに、細そりと背高い体をつつんで、肩から垂らした臙脂色のショールの端にハンドバッグを持ち添えた、丸顔の若い女が、小首を傾げていました。

「部隊から、面会のお帰りではございませんでしょうか。」

あたりを憚るような低い声でした。

八重子は顔を挙げました。ひたと見つめてる大きな眼付にぶつかりました。その大きな眼付の無表情とも言えるぶしつけな平静さが、八重子を夢の中のような気持にさせました。八重子も低い声で答えました。

「はあ、左様でございますが……。」

「もしも、宿にお困りのようでございましたら、お粗末なところではありますけれど、どうにかお休みにだけはなれますから、おいで下さいませんか。」

八重子はなんとなしに立ち上って、お辞儀をしました。

「ほんとに困りぬいていたところでございます。帰りの汽車の切符が買えなかったものですから。