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ぬまのほとり
沼のほとり
豊島 与志雄
――近代説話――
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 7,788 字 · 16 页
だが、梧郎は母に向って、戦争のことなどは殆んど語りませんでした。笑ったり、眉をしかめたり、甘えたりして、日常事のことだけを話しました。然し三人の戦友の間では、戦争に関する事柄も少しく話題に上りました。そしてそこでだけ、八重子は、梧郎の、いや彼等の、雄々しい決心らしいものに触れました。その触れた感じは、なにか眩いに似たものがありました。
その眩いに似たものを、また、駅の木の腰掛の上で、八重子は感じました……。
腰掛にいる人々は、もうまばらで、誰も口を利きませんでした。うとうと居眠ってる者もありました。ただ眼を宙に見開いてるだけの者もありました。地下足袋の男が、ちょっと駅にはいって来て、すぐに出て行きました。そのあと一層ひっそりとしました。秋の夜風が軽く然し冷かに、駅内を通りぬけてゆきました。
時間が、一分一秒はひどく緩かに、全体としては思いのほか速く、過ぎてゆきました。八時すぎの上り列車はもう通過してしまいました。
明朝……ということが、たいへん遠い夢のようでありました。
八重子は腰掛の上に身動きもせず、繻子のコートにくるまって、眼をつぶり、眩いに似た感じに浸りました。