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はたのてい
波多野邸
豊島 与志雄
「展望」1946(昭和21)年8月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 22,194 字 · 45 页
日本酒、ビール、各種のウイスキー、時には焼酎もあったが、この焼酎だけはとびきり上等だった。料理は殆んど出来ず、ピーナツ、するめ、ハム、※詰類に過ぎなかった。客はたいていインテリ層の顔馴染みの者で、見識らぬフリの客には居心地がわるかった。店の名前は、大田梧郎の名を取ってただ「五郎」で、飲み仲間では、五郎へ行こうとか、五郎さんとこへ行こうとか、そういう風に言われていた。
この酒場のどこが気に入ったのか、波多野洋介はしばしばやって来た。もっとも、私達が彼を誘ってくることも多かった。彼は帰国後、当分の間はという殆んど無期限の有様で、ぶらぶら遊んでいた。読書だけは熱心にしているようだったが、そのほかは、友人たちとの私交、演劇や音楽会、散歩や酒、近県への一二泊の旅など、東京中心の土地を改めてなつかしんでいるかのようでもあった。これからどんな方向へ進み、どんな仕事をするつもりか、恐らく彼自身でも見当がつかなかったのではあるまいか。
洋介のそういう態度は、外地からの帰還者ということを考慮に入れても、やはり非難の余地があった。深刻な食糧危機、政局の昏迷、社会情勢の不安、其他、あらゆる問題が堆積錯綜して、敗戦後の立ち直りが可能であるか否か、見通しさえもつき難かったのである。