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はたのてい

波多野邸

豊島 与志雄

「展望」1946(昭和21)年8月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 22,194 字 · 45 页

青空文庫

このことについて、彼の亡父の親友だった高石老人は、豪宕な調子で彼を揶揄したことがある。それに対して、彼は例の微笑を浮べた。

「そうですが、実際のところ、私にはまだ何も分らないのです。だから、いま、勉強中なんです。」

「さよう、大いに勉強してくれ。」と高石老人は真面目に言った。

その勉強の機関、というほどでもないが、洋介が帰国してからの活動の足掛りとして、ささやかなものが、高石老人の発意で設けられていた。邸内の、故人の書斎と次の間とをそれにあて、名前だけは厳めしく、波多野文化研究所とされていた。戦争犯罪の摘発が行われ、官界や政界から公職追放者が続出しそうな形勢になった頃から、この文化研究所は既に発足していた。果して高石老人の見通し通りになって、この研究所では、文化一般を検討する仕事に取り掛ったが、資料も少く人員も足りなかった。故人の蔵書や高石老人が集めてきた記録などの外、故人と親しかった学者井野老人の蔵書も借りてこられた。それらを、午後一時から五時までの時間に、数名の研究員が、調査というよりも寧ろ各自の勉強のために読み耽った。謂わば一種の公開図書室で、図書払底の折柄、研究員として出入の許可を求めてくる者が多かった。