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わたしのりれきしょ

浅沼稲次郎 私の履歴書ほか

浅沼 稲次郎

浅沼稲次郎『浅沼稲次郎 私の履歴書ほか』。同一底本的分册已合并为一书。收入:私の履歴書、浅沼稲次郎の三つの代表的演説、まあまあ居士の弁。

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 46,264 字 · 91 页

青空文庫

府立三中は本所江東橋にあって、いわゆる下町の子弟が多く、そのため庶民精神が横溢していて、名校長八田三喜先生の存在と相まって進歩的な空気が強かった。この学校の先輩には北沢新次郎、河合栄治郎の両教授のような進歩的学者、作家では芥川龍之介、久保田万太郎の両氏、あるいは現京都府知事の蜷川虎三氏などがいる。

三中に入学した年の秋、学芸会があり、雄弁大会が催された。私はおだてられて出たが、三宅島から上京したばかりの田舎者であるから、すっかり上がってしまった。会場は化学実験の階段教室であるから聴衆が高い所に居ならんでいる。原稿を持って出たが、これを読むだけの気持の余裕がなく、無我夢中、やたらにカン高い声でしゃべってしまったが、わが生涯最初の演説はさんざんの失敗であった。これで演説はむずかしいものとキモに銘じた。

その後、三年のころだったか、八田校長が当時チョッキというアダ名で有名な蔵原惟郭代議士(現共産党中央指導部にいる蔵原惟人氏の父君)を連れてきて講演させたことがあった。内容はおぼえていないが、この講演には当時、非常な感銘を受けた。また学校の学芸会の際、河合栄治郎氏がしばしば白線入りの一高帽で来たり、帝大入学後は角帽姿で後輩を指導したことは忘れられず、私が政治に生きたいと考えるようになったさまざまの刺激の一つとなっ