轻读日语

轻松读懂日语经典作品

ja-reading.com

轻松读懂日语,轻松阅读日语。在线阅读日语经典作品。支持在阅读过程中显示假名、查询生词、翻译句子。

わたしのりれきしょ

浅沼稲次郎 私の履歴書ほか

浅沼 稲次郎

浅沼稲次郎『浅沼稲次郎 私の履歴書ほか』。同一底本的分册已合并为一书。收入:私の履歴書、浅沼稲次郎の三つの代表的演説、まあまあ居士の弁。

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 46,264 字 · 91 页

青空文庫

まあまあ居士の弁

早稲田の森の青春

早稲田の森の青春

早稲田に入ったのは、大正六年で学校騒動で永井柳太郎、大山郁夫氏等が教授をやめられた年の九月であるが、早稲田を志望したのは早稲田は大隈重信侯が、時の官僚の軍閥に反抗して学問の独立、研究の自由を目標として創立した自由の学園であるという所に青年的魅惑を感じて憧れて入学したのである。丁度当時は、第一次欧洲戦争の影響で、デモクラシーの思想が擡頭して来た時代である。

そこで、学生の立場から民主主義、社会主義の研究を始めたのであるが、外部の社会主義運動、労働運動からの影響もあって学生の中に、思想的に飛躍しようとする者と、実際の面に即した者と、二つの流れが出てきた。

思想的に行こうとするのは、高津正道氏などがその側で、あの人達は、だんだん発展して、日本における最初の共産党事件、暁民共産党事件に連坐した。我々は建設者同盟をつくり、その指導者とも云う可き北沢新次郎教授が池袋に住んでいたので、その裏に同盟本部を設置して社会主義学生の共同生活が行われた。

当時の仲間は、和田巌、中村高一、平野力三、三宅正一、川俣清音、宮井進一、吉田実、田所輝明、稲村隆一等々で、学生が若き情熱に燃えて社会主義社会を建設するという理想の下に民衆の中へというモットーが労働運動、農民運動と連絡しながら日本労働総同盟、日本農民組合と関係