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かいりゅう
海流
宮本 百合子
「文芸春秋」1937(昭和12)年8月号
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 35,977 字 · 72 页
気落ちしたように云った。
「どうして?」
「つまんないんですもの――お洗濯ばっかりしてやって帰って来るなんて。――それでも少しはよろこんで呉れるんならいいけれど、まるで当然みたいな顔をしてるんだもの」
杉の家は故郷で代々医者であった。後継ぎの兄はアパート住居で慈恵に通っていた。
「どうしてあんな謡曲なんか好きなんでしょう。若い癖して、ねえ。全くくさくさしちゃうわ、あたし……」
杉と宏子は連立って部屋を出た。半分開けっぱなしになっているドアの隙間から、明るい室内の空気が照るように派手な友禅の羽織の後姿が見えたり、階段の中途で一人は上に一人は下に立ち止って顔を向けあって何か喋っている、両方ともが広幅帯をきっちり胸のところにしめていたり。ふだん主に洋服で暮しているここの学生は日曜日には半数以上着物になって、新しい足袋や袂をぎごちなさが珍しくうれしそうに、ざわめいているのであった。
洗面所のところで予科の学生が、ふだん畳んでしまわれてばかりいるのできっちり折目の立った銘仙の長い二つの袂を肩の上へ掬いあげて、
「あらあ、いやだわ、私。本当に大丈夫かしら、盲腸になんないかしら。