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かいりゅう

海流

宮本 百合子

「文芸春秋」1937(昭和12)年8月号

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 35,977 字 · 72 页

青空文庫

僕は今でさえ心苦しく思っているんだから。僕も自分の満足のためだけならば或は学校をとうにやめていたかもしれないくらいだ。三分の二ほど進んだ時、

「おう、いるかい」

二階に向って呼ぶ声がした。重吉は万年筆を持ったまま立って縁側から下の往来を見た。

「どうした」

「いいか」

「ああ」

今日は、口んなかまでじゃりじゃりだねと云いながら、階段をあがって来たのは光井である。光井は高校が重吉と同じで今は英文学にいた。

「今夜会えるだろうと思っていたよ」

重吉が机の上の原稿紙を片づけながら云った。

「山口が云ってたんだろう? きのう会った。例によって例のごとしだね、未来のプラウダ主筆だっていうんだから意気は壮とすべしさ」

煙草に火をつけて、光井は腹の下に坐蒲団をいれて畳へ腹這いになった。

「そう云えば、交叉点のところで各務の娘に会ったよ。むこうじゃ気がつかなかったらしいけど――」

「そうかい」

母方の遠縁で、重吉は暫くそこの家にいた。電気会社の重役のその家では、重吉に書生の仕事をさせるのを当然のことと考えていた。

光井はいくらか好奇心を動かされた表情で、

「こっちの方へ来ることなんかあるのかい」