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かいりゅう
海流
宮本 百合子
「文芸春秋」1937(昭和12)年8月号
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 35,977 字 · 72 页
重吉は唇を結んで、黙ったまままたちょっとあぐらの片膝をゆすった。程なく時計を見て、
「どうだい、飯をくって行かないかい」
光井は、両脚を揃えて一ふり振って起上りながら、
「もうそんな時間かい」
と髪を直した。
「どうせ例によって、はま鍋だろう?」
「あんまり馬鹿にしたもんでもないよ、この間読売にカロリー料理って出ていたよ」
「まあ何でもいいや。飯はあるのかい?」
「あるだろう。なけりゃ下から貰って来る」
七輪を机のわきに持ちこんで食べ終ると、重吉は戸棚をあけて、田舎風に青い綴じ糸が表に出ている褞袍をぐるぐると畳んで新聞紙に包んだ。その下にハトロン紙で被いのある本を重ねて抱えて、階下へ降りた。靴をはきながら、重吉は膝をついて見送っている婆さんに、
「きょうは、宿直ですか?」
ときいた。
「ええ、そうなんでございますよ。何ですかお友達にたのまれましたそうでしてね、あなた」
「じゃ、おそくっても帰って来ますから」
「そうでございますか、いつもすみませんですねえ」
一足先へ格子の外へ出ていた光井が、
「宿直って――ほかに誰かおいてるのかい」
ときいた。
「ここの娘だ。――いくらかになるもんだからね、ひとの分もやってやるらしいんだ」