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かいりゅう
海流
宮本 百合子
「文芸春秋」1937(昭和12)年8月号
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 35,977 字 · 72 页
何事かがあった。そう感じられた。
家へ入ってみると、客間のドアがあけっぱなしになっていた。そして、瑛子がソファの前にこちら向きに立っている。両手を後に組んで、白い顔をしゃんとこっちへ向けて、怒った気の亢ぶりが現れたままの瞬きをして、入って行く宏子を見た。宏子は、
「どうしたの」
と云った。
「富岡って男は――実に下らない!」
瑛子は、一人前の大人に向って云うように率直な大胆な言葉で娘に云った。
「今帰ったばかりなんだが――お金がどうしても二百円とかいるんだとさ。奥さん、何とかして下されば一生何でもあなたの云うとおりになりますって、跪いて、ひとの手にキッスをしたりして、馬鹿馬鹿しい!」
早口にそう云いながら、瑛子は後にまわしている自分の手を一層うしろへ引っぱるように肩を動かした。
「何て男だろう、金を出してくれれば一生奴隷になるなんて。あなたが僕に特別な好意をよせていて下さることはよく知っている、だってさ! 私は、きっぱりそう云ってやった。あなたの云うことをきいたら、よしんばあるお金でも出したくなくなりました、って。――人を馬鹿にしている!」
宏子には漠然とではあるが、富岡が母へは娘という態度でいたのが判った。