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かいひんそうのさつじん

海浜荘の殺人

山本 周五郎

「少年少女譚海」博文館、1938(昭和13)年8月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 8,672 字 · 18 页

青空文庫

しかし志津子には、老子爵の言葉がよくは分らなかった。高野千之はまだしも、他の三人はだらしの無いうえに乱暴者で、中学時代には警察の厄介になった事さえあるような連中だ。

――あたし油断しないわ。

とひそかに決心していたのである。

高野千之が去ると、志津子は急いで化粧を済まして祖父の部屋へ入って行った。――老子爵は安楽椅子に深々と掛けて、新着の仏蘭西雑誌を読んでいた。

「お祖父さま、御機嫌はいかが?」

「うん、有難う、――」

老子爵は振返って、

「たいそう綺麗だね、海へ行くのかい」

「ええ、このケープ新調なのよ」

「よく似合うよ、どれ其方へ向いてごらん。おお実に綺麗だ。不良共がさぞ吃驚することだろう」

「厭だわ、お祖父さま」

「まあ早く行っておいで、――ああ些っとお待ち、済まないがまさやに葡萄酒を出さして置いて貰おうかね」

「あら珍しいこと、召上りますの?」

「昨日からばかに具合が好いんだ。足台も片付けさせたし、久し振に一杯味わってみようと思う」

「嬉しいわ、直ぐそう云って来ましょう」

「酒蔵の鍵は苅田の部屋にある」

「そう云えば苅田はまだ帰りませんのね」

執事の苅田平吉は、岡山市にいる兄が急病だという電報で、三日まえに岡山へ帰ったが、もう戻らなければならぬ筈なのである、――老子爵は卓子の上を見やって云った。