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るいこうにかえれ
涙香に還れ
野村 胡堂
「巌窟王 上巻」愛翠書房、1948(昭和23)年11月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 1,844 字 · 4 页
江戸川乱歩氏が盛んに売り出そうとしている頃、それは確か関東大震災の翌年あたりであったと思う。報知新聞の応接間で初めて逢って、私は「面白い探偵小説を書こうとするなら黒岩涙香を研究すべきではあるまいか、今の人は涙香を忘れかけて居るが、この人の話術は古今独歩で、筋を面白く運ぶこと、人物を浮出させること、複雑な事件を書きこなして行く技倆に至っては、全く比類もないものである」と話したことがあった。
江戸川氏もその頃既に涙香研究に着手していた相で、その前後から文壇の一隅に、涙香研究と涙香の著書蒐集が盛んになり、木村毅氏、柳田泉氏、横溝正史氏などそのうちでも有名なものであったが、一方若い探偵作家の仲間にも、涙香熱が高まり、一時「涙香の書くような悪人が書けたら」ということが、探偵作家の一つの通り言葉になった時代さえあった位である。
その後太平洋戦争の真っ最中、筆を執ることさえ稀になった私と江戸川乱歩氏は、自分の持って居る涙香の著書の目録を見せ合って、互に重複したものを交換し合い、騒がしい世の姿とかけ離れて、静かに涙香物の醍醐味に没頭し、箇中の境地を楽しんだことは、個人的な思い出ではあるが、まことに忘れ難い記憶である。