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からさわのいわごやのあるよのこと
涸沢の岩小屋のある夜のこと
大島 亮吉
「登高行 第五年」1924(大正13)年12月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 7,010 字 · 14 页
けれど彼れはそれを自分たちに語りはしなかった。彼れのおもい秘めたような心を自分たちへ敢て開こうとはしなかった。けれど彼れはただこういうことだけは言った。「俺はそのとき以来一層山は自分からはなしがたいものとなってしまった。立山は以前から好きな山だったが、あの時からはなお一層好きになってしまった。」そしてそれ以上はなんにも言わなかった。話しはまたとぎれてしまった。各々の想いはまた各々の心のなかをひとりで歩まねばならなかった。
自分自身の心胸にもそのときはいろいろのことがおもい浮んだ。暗い、後ろめたい思想が自分を悩まし、ある大きな圧力が自分の心を一杯にした。そしてついに山は自分にとってひとつの謎ぶかい吸引力であり、山での死はおそらくその来るときは自分の満足して受けいれらるべき運命のみちびきであるとおもった。そしてそのとき自分のたましいのウンタートーンとして青春のかがやかなほほえみと元気のあるレーベンスグラウベとが心にひろがってきた。死ということをふかく考えても、それを強く感じても、なお青春のかがやかしさはその暗さを蔽うてしまう。わけて自分たちにとっては、山での死は決して願うべく、望ましき結果ではなけれ、その来るときは満足して受けいれらるべき悔いのないプレデスティナツィオーンであるからだ。