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おんじょうのゆたかななつめさん

温情の裕かな夏目さん

内田 魯庵

「新小説 文豪夏目漱石号」1917(大正6)年1月号

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 2,980 字 · 6 页

青空文庫

夏目漱石さんはあらゆる方面の感覚にデリケートだったのは事実だろうが、別けても色に対する感覚は特にそうだったと思う。「ブリウブラックを使えば帳面を附けているような気がする」と好く言われた。

その割に原稿は極めてきたなかった。句読の切り方などは目茶だった。尤も晩年のことは知らない。そのくせ書にかけては恐らく我が文壇の人では第一の達人だったろう。

修善寺時代以後の夏目さんは余り往訪外出はされなかったようである。その当時、私の家に来られたことがあるが、「一カ月ぶりで他家を訪ねた」と言われた。その頃は多分痔を療治していられたかと想う。生れて初めて外科の手術を受けたとのことで、「実に聊かな手術なのに……」と苦笑して、その手術の時のことを話された。

軽い手術だから医者は局部注射の必要もないと言ったが、夏目さんは強いてコカエン注射をしてもらった上に、いざ手術に取りかかると実に痛がる様子を見せたので、看護婦どもが笑ったそうである。そんなことを話してから夏目さんは「近頃、主人公の威厳を損じた……」と言って笑われた。

前にも言った通り、私は夏目さんの近年の長篇を殆んど読んでいないといって宜しい。