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こはん

湖畔

久生 十蘭

「文藝」1937(昭和12)年5月号

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 24,180 字 · 47 页

青空文庫

一座の中には事あれかしの弓削などもいたことだから、明日の夕刊あたりに毒々しい雑報調で盛んに書きたてることだろうが、俺の名が探訪ずれの筆の先にかかって散々にひきずりまわされ、俺の名聞に容赦なく墨を塗られるかと思うと、考えただけでも腹が立って身の内が震えてくる。

未練の鼻ッ垂しのと、俗嘲卑罵を浴びながら引込んでいるわけにはいかぬから、対抗上、姦通の告訴を提起することになるのだろうが、それもあまり褒めた話でない。衆人環視の公判廷で、「ハイ、この男に家内を寝取られたのに相違ございませぬ」などと陳述したら、それこそ恥の上塗りである。

俺は二進も三進もいかぬところへ落ち込んで藻掻いていたが、こういう不味い始末になったのは、あの時、手ぬるい扱いでやめてしまったからだと気がついた。殺さぬまでも、激情に任せて、斬るなり突くなりしていたら、それで一応の名分が立ち、笑われッぱなしになるようなこともなくてすんでいたろうにと、それが残念でたまらぬ。

やり損ったと思うと、気持が昂ってきて、ただ一つのことの外、なにも考えられなくなった。つまりは今からでも遅くない。思い切ってやってしまえということなのである。