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こはん

湖畔

久生 十蘭

「文藝」1937(昭和12)年5月号

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 24,180 字 · 47 页

青空文庫

それから後、どんな騒動をやらかしたかなに一つおぼえていない。大勢して俺の腕と肩を支え、むりやり座敷のほうへ引擦って行ったことだけが微かに記憶に残っている。気がついてみると、俺は人気のない座敷の真ン中に一人で寝かされ、冷汗を流して震えていた。

初更に近い様子で湖水をわたる夜風のほか物音もなく深沈と夜が更けている。陶はどうなったろうと、手を拍ってみたが、誰も出て来ない。召使どものいる下屋へ行ってみると、看護婦と下婢がひとかたまりになり、生きた空もないようにすくまっていた。

夫人はどうしたと訊ねたが、存じませぬというばかりで埓があかない。

いずれにしても結着をつけぬわけにはいかぬのだから、邸中を探したが、どこにも見あたらない。もしか貴様の傍にでもいるのかと子供部屋といっている別棟をのぞいたがそこにもいない。やむをえず、座敷へ戻って腕を拱いて考えていたが、俺の胸にあったのは、忿怒でもなく、悲哀でもなく、妬忌の念でもなく、どうして体面を膳おうかというそのことであッた。慮外な仕儀で、前後のさまもとりとめないほどだが、狷介不覊の、剛直のと世間から囃し立てられている俺にとって、この不都合は災厄以上のものであった。