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げんおじ

源おじ

国木田 独歩

「文芸倶楽部」1897(明治30)年8月10日号

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 11,455 字 · 23 页

青空文庫

物を追いやるようなり。

家には待つものあり、彼は炉の前に坐りて居眠りてやおらん、乞食せし時に比べて我家のうちの楽しさ煖かさに心溶け、思うこともなく燈火うち見やりてやおらん、わが帰るを待たで夕餉おえしか、櫓こぐ術教うべしといいし時、うれしげにうなずきぬ、言葉すくなく絶えずもの思わしげなるはこれまでの慣いなるべし、月日経たば肉づきて頬赤らむ時もあらん、されどされど。源叔父は頭を振りぬ。否々彼も人の子なり、我子なり、吾に習いて巧みにうたい出る彼が声こそ聞かまほしけれ、少女一人乗せて月夜に舟こぐこともあらば彼も人の子なりその少女ふたたび見たき情起こさでやむべき、われにその情見ぬく眼ありかならずよそには見じ。

波止場に入りし時、翁は夢みるごときまなざしして問屋の燈火、影長く水にゆらぐを見たり。舟繋ぎおわれば臥席巻きて腋に抱き櫓を肩にして岸に上りぬ。日暮れて間もなきに問屋三軒皆な戸ざして人影絶え人声なし。源叔父は眼閉じて歩み我家の前に来たりし時、丸き眼りてあたりを見廻わしぬ。

「我子よ今帰りしぞ」と呼び櫓置くべきところに櫓置きて内に入りぬ。家内暗し。

「こはいかに、わが子よ今帰りぬ、早く燈点けずや」