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げんおじ

源おじ

国木田 独歩

「文芸倶楽部」1897(明治30)年8月10日号

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 11,455 字 · 23 页

青空文庫

大通いずれもさび、軒端暗く、往来絶え、石多き横町の道は氷れり。城山の麓にて撞く鐘雲に響きて、屋根瓦の苔白きこの町の終より終へともの哀しげなる音の漂う様は魚住まぬ湖水の真中に石一個投げ入れたるごとし。

祭の日などには舞台据えらるべき広辻あり、貧しき家の児ら血色なき顔を曝して戯れす、懐手して立てるもあり。ここに来かかりし乞食あり。小供の一人、「紀州紀州」と呼びしが振向きもせで行過ぎんとす。うち見には十五六と思わる、蓬なす頭髪は頸を被い、顔の長きが上に頬肉こけたれば頷の骨尖れり。眼の光濁り瞳動くこと遅くいずこともなくみつむるまなざし鈍し。纒いしは袷一枚、裾は短かく襤褸下がり濡れしままわずかに脛を隠せり。腋よりは蟋蟀の足めきたる肱現われつ、わなわなと戦慄いつつゆけり。この時またかなたより来かかりしは源叔父なり。二人は辻の真中にて出遇いぬ。源叔父はその丸き目りて乞食を見たり。

「紀州」と呼びかけし翁の声は低けれども太し。

若き乞食はその鈍き目を顔とともにあげて、石なんどを見るように源叔父が眼を見たり。二人はしばし目と目見あわして立ちぬ。

源叔父は袂をさぐりて竹の皮包取りだし握飯一つ撮みて紀州の前に突きだせば、乞食は懐より椀をだしてこれを受けぬ。