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げんおじ

源おじ

国木田 独歩

「文芸倶楽部」1897(明治30)年8月10日号

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 11,455 字 · 23 页

青空文庫

与えしものも言葉なく受けしものも言葉なく、互いに嬉れしとも憐れとも思わぬようなり、紀州はそのまま行き過ぎて後振向きもせず、源叔父はその後影角をめぐりて見えずなるまで目送りつ、大空仰げば降るともなしに降りくるは雪の二片三片なり、今一度乞食のゆきし方を見て太き嘆息せり。小供らは笑を忍びて肱つつきあえど翁は知らず。

源叔父家に帰りしは夕暮なりし。彼が家の窓は道に向かえど開かれしことなく、さなきだに闇きを燈つけず、炉の前に坐り指太き両手を顔に当て、首を垂れて嘆息つきたり。炉には枯枝一掴みくべあり。細き枝に蝋燭の焔ほどの火燃え移りてかわるがわる消えつ燃えつす。燃ゆる時は一間のうちしばらく明し。翁の影太く壁に映りて動き、煤けし壁に浮かびいずるは錦絵なり。幸助五六歳のころ妻の百合が里帰りして貰いきしその時粘りつけしまま十年余の月日経ち今は薄墨塗りしようなり、今宵は風なく波音聞こえず。家を繞りてさらさらと私語くごとき物音を翁は耳そばだてて聴きぬ。こは霙の音なり。源叔父はしばしこのさびしき音を聞入りしが、太息して家内を見まわしぬ。

豆洋燈つけて戸外に出れば寒さ骨に沁むばかり、冬の夜寒むに櫓こぐをつらしとも思わぬ身ながら粟だつを覚えき。