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そうせきのじんぶつ

漱石の人物

和辻 哲郎

「新潮」1950(昭和25)年12月号

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 11,438 字 · 23 页

青空文庫

因襲的な礼儀をぬきにして、いきなり漱石に会えたような気持ちがした。たぶんこの時の印象が強かったせいであろう。漱石の姿を思い浮かべるときには、いつもこのきちんとすわった姿が出てくる。実際またこの後にも、大抵はすわった漱石に接していた。だから一年近くたってから、歩いている漱石を見ていかにもよぼよぼしているように感じられて、ひどく驚いたことがある。確かザルコリの音楽会が帝国ホテルで催されたときで、玄関をはいって行くと、十歩ほど先をコツコツと歩いて行く漱石のうしろ姿が見えたのであった。それを見て私はすぐに漱石の大患を思い出した。それは決して精悍な体つきではなかった。

初めて漱石と対坐しても、私はそう窮屈には感じなかったように思う。応対は非常に柔らかで、気おきなく話せるように仕向けられた。秋の日は暮れが早いので、やがて辞し去ろうとすると、「まあ飯を食ってゆっくりしていたまえ、その内いつもの連中がやってくるだろう」と言ってひきとめられた。膳が出ると、夫人が漱石と私との間にすわって給仕をしてくれられた。夫人は当時三十六歳で、私の母親よりは十歳年下であったが、その時には何となく母親に似ているように感じた。