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ひのとり

火の鳥

太宰 治

「愛と美について」竹村書房、1939(昭和14)年5月20日

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 37,740 字 · 76 页

青空文庫

「あなた、お金ある?」押入れのまえに、ぼんやり立ったままで、さちよは、そんなことを呟いた。

「あたし、もう、いやになった。あなたを相手に、こんなところで話をしていると、死ぬるくらいに東京が恋しい。あなたが悪いのよ。あたしの愛情が、どうのこうのと、きざに、あたしをいじくり廻すものだから、あたし、いいあんばいに忘れていた。あたしの不幸、あたしの汚なさ、あたしの無力、みんな一時に思い出しちゃった。東京は、いいわね。あたしより、もっと不幸な人が、もっと恥ずかしい人が、お互い説教しないで、笑いながら生きているのだもの。あたし、まだ、十九よ。あきらめ切ったエゴの中で、とても、冷く生きて居れない。」

「脱走する気だね。」

「でも、あたし、お金がないの。」

三木は、ちらと卑しく笑い、そのまま頭をたれて考えた。ずいぶん大袈裟な永い思案の素振りであった。ふと顔をあげて、

「十円あげよう。」ほとんど怒っているような口調で、「君は、ばかだ。僕は、ずいぶん、あなたを高く愛して来た。あなたは、それを知らない。僕には、あなたの、ちょっとした足音にもびくついて、こそこそ押入れに隠れるような、そんなあさましい恰好を、とても、だまって見て居れない。