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ひのとり

火の鳥

太宰 治

「愛と美について」竹村書房、1939(昭和14)年5月20日

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 37,740 字 · 76 页

青空文庫

背筋が、寒くなる。いやな、奴だ。」青年の肩を抱きかかえるようにして、「ね、むこうへ行こう。楽屋にでも遊びに行ってみるか。」歩きながら、「ヴェルシーニン。鼻もちならん。おれは、とうとう、せりふまで覚えちゃった。」えへんと軽くせきばらいして、「――そうです。忘れられて了うでしょう。それが私たちの運命なんですから。どうにも仕方がないですよ。私たちにとって厳粛な、意味の深い、非常に大事のことのように考えられるものも、時がたつと、――忘れられて了うか、それとも重大でなくなってしまうのです。――ちえっ、まるで三木朝太郎そっくりじゃねえか。――そして、我々がこうやって忍従している現在の生活が、やがてそのうちに奇怪で、不潔で、無智で、滑稽で、事によったら、罪深いもののようにさえ思われるかも知れないのです。――いよいよ、三木だ。へどが出そうだ。」

「もし、もし。」水兵服着た女の子に小声で呼びとめられた。

「あのう、これを、高野さんから。」小さく折り畳まれた紙片である。

「なんだね。」助七は、大きい右手を差し出した。

「いいえ。」青白い顔の眼の大きいその女の子は、名女優のように屹っと威厳を示して、「あなたでは、ございません。