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ひのとり

火の鳥

太宰 治

「愛と美について」竹村書房、1939(昭和14)年5月20日

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 37,740 字 · 76 页

青空文庫

二人、きちんとソファに並んで坐ったまま、冷くなっていた。深夜、中年の給仕人が、それを見つけた。察していたのである。落ちついて、その部屋から忍び出て、そっと支配人をゆり起した。すべて、静粛に行われた。ホテル全体は、朝までひっそり眠っていた。須々木乙彦は、完全に、こと切れていた。

女は、生きた。

☆

高野さちよは、奥羽の山の中に生れた。祖先の、よい血が流れていた。曾祖父は、医者であった。祖父は、白虎隊のひとりで、若くして死んだ。その妹が家督を継いだ。さちよの母である。気品高い、無表情の女であった。養子をむかえた。女学校の図画の先生であった。峠を越えて八里はなれた隣りのまちの、造り酒屋の次男であった。からだも、心も、弱い人であった。高野の家には、土地が少しあった。女学校の先生をやめても、生活が、できた。犬を連れ、鉄砲をしょって、山を歩きまわった。いい画をかきたい。いい画家になりたい。その渇望が胸の裏を焼きこがして、けれども、弱気に、だまっていた。

高野さちよは、山の霧と木霊の中で、大きくなった。谷間の霧の底を歩いてみることが好きであった。