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むげつものがたり
無月物語
久生 十蘭
「オール讀物」1950(昭和25)年10月号
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 18,485 字 · 36 页
光麻呂を朝霞からひき離し、南ノ坪の曹司で寝起きさせるようにした。それほどの無慈悲なあしらいを受けても、朝霞は世をはかなむこともせず、出世間の欲もださず、いつかまた葛木や光麻呂に逢える日のあることを信じ、泰文の遠縁にあたる白女という側女を相手に一日中、蔀もあげずに写経ばかりして暮していた。
そういうわびしい明け暮れに、泰文の従弟の保平が、保嗣という十八になる息子を連れて安房の北条から出てきた。
保平はもと山城の大掾をつとめ、太秦王などとも親しく、朝霞との間にもなにがしかの想いがあったもののようである。保平が自分から安房へ引込んだのは、朝霞が泰文のところへ輿入れした直後だったことなどを思い合わせても、保平の側に相当な遺憾があったのではないかといわれ、泰文も聞いて知っていたが、安房から出た砂金や鹿毛やら、少なからぬ土産があったので、保平の親子を泉殿に居らせ、下にもおかぬような歓待をした。白女も母屋へ出てとりもちをしていたが、そのうちに、どこか野趣をおびた、保嗣のたくましい公達ぶりに思いをかけるようになった。これでもれっきとした藤原一門の女だから、朝霞さえ後楯になってくれれば、この恋はものにならないでもない。