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つばくろ(つばくろ)
燕(つばくろ)
山本 周五郎
「オール読物」文藝春秋新社、1960(昭和35)年10月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 25,395 字 · 52 页
又左衛門は酒壺を取って、四つのギヤマンの杯へ、黒みを帯びた赤い酒を、さも大事そうに注いだ。――四人の顔には満足さと、たのしい期待の色があらわれ、梶本は両手をこすり合せた。そして、かれらは静かに杯を手に取ったが、老女のいよがブランケットを持って来たので、庄野がそれを肩へ巻きつけるまで待っていた。
「御用はございませんか」老女は去ろうとして訊いた。
又左衛門は「うん」と頷いた。
「では」と老女が云った、「霧がはいりますから玄関を閉めますが、よろしゅうございますか」
「玄関」と又左衛門が云った、「燕がまだ帰らないようではないか」
「燕はもうおりません」といよが答えた、「たぶんもう南へ帰ったのでございましょう、おとついから一羽もいなくなってしまいました」
又左衛門は頷き、老女のいよは去った。
「燕がどうしたんだ」と梶本が訊いた。
「玄関の中に巣をかけていたのさ」と又左衛門が答えた、「もう七年か八年になるだろう、毎年やって来て巣をかけるんだが、――いってしまったとは知らなかった」
まるで彼の言葉に答えるかのように、湖畔のほうから、いさましく歓声が聞えて来た。