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つばくろ(つばくろ)
燕(つばくろ)
山本 周五郎
「オール読物」文藝春秋新社、1960(昭和35)年10月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 25,395 字 · 52 页
んだからな、もしなんならおれが呼びにいってもいいよ」
「せっかくではございますが」と老女のいよが云った、「花屋のあるじはもういましがた帰りました」
「平作が帰った」と又左衛門がいよの顔を見た。
「はい」いよは舷燈に火を入れてから答えた、「もう少し人らしくなったら、改めてみなさまを御招待いたします、それまではどうぞお構い下さらぬように、と申しておりました」
「あの暴れ者が」と渡貫が云った、「相変らず我の強いやつだな」
「さあ掛けてくれ」と又左衛門が云った。
かれらは卓に向って腰を掛けた。湖畔のほうで青年たちの歌ごえが高くあがり、松林を暈して、霧がゆっくりと庭へながれ入って来た。
「みろ、霧だ、――」と梶本が息を深く吸いながら云った、「湖水から来る霧だ、これであのころのものがすっかり揃ったぞ」
「悲しいかな、いまの私にはこの霧がいけないんだ」と庄野が両の肩を撫でながら云った、「医者から注意されているんでね、なにか肩に掛ける物はないだろうか」
「いよ」と又左衛門が振向いた、「納戸にあるブランケットを持って来ておくれ」
いよは舷燈の位置を直して去った。昏れかけてはいるが、まだ舷燈の光が必要なほど暗くはない。