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うし

牛

坂口 安吾

「文藝春秋 第三一巻第五号」1953(昭和28)年4月1日

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 11,971 字 · 25 页

青空文庫

要するにバカバカしい手紙であるが、気分的に悪くないものを感じた。

「これを書いたのは女だろうか」

「女だったら、どうする気だ」

「アンタは錠をたてて早く帰ってくれ」

「この罰当り」

父は手紙をひッたくり、立腹して扉に錠をガチャガチャとおろした。

それから数日後のことである。

日が暮れてまもなく、光也がハーモニカを吹き終ると、

「光也さん」

遠慮がちに呼ぶ声がきこえた。若い女の声であった。

「誰だ?」

返事がなかった。光也は不承々々格子のところまで出かけていった。あの手紙の女だろうと考えた。しかし、若い女が夜間ここまでやってくるということはいかなる事情にしても過剰すぎる行為に考えられたので、彼は親しむ気持が起らなかったのである。

「アンタは誰だ」

女はやはり返事をしなかった。格子の隙間から風が吹きこんでくるばかりで、その向うに誰かが存在しているような様子はなかった。ソラ耳だったかと彼は思った。その方が理にかなったことに思われた。

「そうだ。誰もくるはずがない」

思わず彼が呟くと、ややすねた声がそれに答えた。

「ここに来ているわよ」

思いだせない声だった。もっとも、彼には親しい女の友達もいない。