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うし

牛

坂口 安吾

「文藝春秋 第三一巻第五号」1953(昭和28)年4月1日

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 11,971 字 · 25 页

青空文庫

父は急いで手紙をつきつけたが、光也が一応身を起してからも視力や理性が目を覚すまでには相当時を要したのである。

光也はそれを読んだ。全然つまらないことだと思った。父は云った。

「これは、なんだ?」

「なんだろうか」

「わからないのか。お前の寝た間に誰かがここへ投げこんだのだ」

光也はそれには答えずに、手紙を投げだして、言った。

「便所へ行ってくる」

彼は拝殿の生活に不自由を感じていなかった。むしろなかなか良かったのである。浮世の雑音と距てられているので、あの不愉快な事件もケロリと忘れることができ、思う存分ハーモニカを吹くこともできた。時々拝殿にこもるのはむしろ好ましいことのように思われたが、誰かが食事を運んでくれるような親切は再び期待できないだろうと考えると、あじけない思いになるのであった。

「オレが結婚して、子供ができて、小学校へあがるころになれば、朝晩ここへ握り飯をとどけるぐらいの親切はしてくれるかも知れないな」

と空想した。

用をすまして戻ると、光也はいくらか手紙のことを考える気持になった。手紙は父の手中にあったので、彼はそれをとりあげて読み返した。