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うし
牛
「文藝春秋 第三一巻第五号」1953(昭和28)年4月1日
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 11,971 字 · 25 页
ズシンズシンという地響はどうにもならないから、どうしても勝ってみせなければならない。しかし、同じ勝つにしても、ギリギリの本音を云えば、人間なみの地響をたてて勝ちたかった。神殿生活のやむをえぬ節食によって、彼は痩せることにも希望をいだいていた。
彼は家へ帰りつくと、母にきいた。
「すっかり、やせたよ」
「バカ云え。一まわり、ふとったわ」
「ウソだろう」
「何がウソだ」
母の剣幕が真剣らしいので彼はおどろいたが、その言葉を信用はできなかった。毎日ひもじい思いをして、ふとる筈はない。ところがハカリにかかってみたら、一貫目ふとっていた。
「朝晩三合ずつの握り飯を平らげて寝て暮せば、豚でもふとるわ」
たしかに、そう結論するより仕方がないらしい。
彼は落胆した。半月の希望にみちた生活だった。人々に捨てられた文字通り暗い孤独な生活であったが、そのために、ひそかにだきしめて育てた希望は大きかったし、なつかしかった。それが全然ダラシなく足もとから崩れているのだ。
「あの女に会いたいな」
それしかないような気がした。これさえあれば、とも考えた。女の指の冷めたさが、まだ掌に残っていた。