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ぎゅうにゅうとうま
牛乳と馬
豊島 与志雄
「思索」1949(昭和24)年11月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 12,248 字 · 25 页
「それから、どんなことがありますか。」
わたしはもう黙っていた。
「くわしく話してごらんなさい。」
「いいえ、それっきりです。」強く言った。
小野田さんはしばし空を見上げた。
「それは、嘘でしょう。あなたじゃない。たぶん、夏子さんかも知れない。」
わたしは頬がぴくぴく震えるのを、自分でも感じた。
小野田さんはひどく真面目になり、怒ってるような調子になった。
「冗談じゃない。そんな錯覚が、もしあったら、僕がぶち壊してやります。戦地でなら、錯覚もまだ許されます。馬が通ってゆく。真暗な夜、一列になって、足音もなく、ただ姿だけ、影のように通ってゆく。際限もなく、長い列をなして、闇の中を通ってゆく。そんなのを見たという兵がいる。そういう錯覚も、戦地ではあり得るかも知れません。然しそれも、ほんとに馬を愛しないから起ることだ。僕はここに来て、別荘番の百姓にたのんで、馬を借りてきて貰いました。この家には、厩舎はあるが、馬はいない。この馬は、僕がここにいる間、借りてるんです。なぜそんなことをしたか。錯覚を、あらゆる錯覚を、追っ払うためです。錯覚を追い払うばかりか、新たな勇気が出てくる。