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ぎゅうなべ

牛鍋

森 鴎外

「心の花」1910(明治43)年1月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 1,871 字 · 4 页

青空文庫

鍋はぐつぐつ煮える。

牛肉の紅は男のすばしこい箸で反される。白くなった方が上になる。

斜に薄く切られた、ざくと云う名の葱は、白い処が段々に黄いろくなって、褐色の汁の中へ沈む。

箸のすばしこい男は、三十前後であろう。晴着らしい印半纏を着ている。傍に折鞄が置いてある。

酒を飲んでは肉を反す。肉を反しては酒を飲む。

酒を注いで遣る女がある。

男と同年位であろう。黒繻子の半衿の掛かった、縞の綿入に、余所行の前掛をしている。

女の目は断えず男の顔に注がれている。永遠に渇しているような目である。

目の渇は口の渇を忘れさせる。女は酒を飲まないのである。

箸のすばしこい男は、二三度反した肉の一切れを口に入れた。

丈夫な白い歯で旨そうに噬んだ。

永遠に渇している目は動くに注がれている。

しかしこの※(「月+咢」、第3水準1-90-51)に注がれているのは、この二つの目ばかりではない。目が今二つある。

今二つの目の主は七つか八つ位の娘である。無理に上げたようなお煙草盆に、小さい花簪を挿している。

白い手拭を畳んで膝の上に置いて、割箸を割って、手に持って待っているのである。