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ぎせいしゃ

犠牲者

平林 初之輔

「新青年」博文館、1926(大正15)年5月号

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 18,364 字 · 37 页

青空文庫

人気のない天地の中に、ただ独り歩いている彼にとっては、空想は外部から邪魔されるおそれはない。ことに雪の夜の都会は空想の翼をほしいままにひろげるには此の上なく好都合な環境である。少年時代の思い出、未来に対するかずかずの希望、現在の生活の満足さ、果報さ――こうした思想の細片が、一つ一つ歓喜の詩となって、彼の頭の中で、最も非現実的な、お伽噺の中でのみ見られる幸福の讃歌を綴ってゆくのであった。

わけても、今村のほしいままな空想をややもすれば独占しようとするのは、近い将来に彼等の家庭の一員に加えらるべき子供のことであった。彼はそれを男の児として考えて見る。丸々と肥った健康のシンボルのような嬰児はいつのまにか水兵服をつけた五つ六つの年頃にかわる。妻と二人で両方から手をひいて動物園へつれてゆく。何でもすきな玩具を買ってやる。やがて中学の制服を着た姿にかわる。学科も優等でなくちゃいかん。スポーツは野球がよいかな……次には女の児として想像して見る。洋服にしようか、和服が似合うかな。名前は何とつけよう? いや名前などは今から考えちゃいかん。その時のインスピレーションにまかせておかなくちゃ。