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ぎせいしゃ

犠牲者

平林 初之輔

「新青年」博文館、1926(大正15)年5月号

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 18,364 字 · 37 页

青空文庫

今村は急に空腹を意識して、熱い湯豆腐を眼の前に想像しながら足をはやめた。その時、彼はだしぬけに、脳天のあたりにひどい衝撃を感じた。非常に堅い物体で力一ぱいかーんと喰らわされたような感じだった。くらくらと脳髄が痺れたような感覚があったかと思うと、ぱったりその場に昏倒してしまった。それは、ものの二秒ともたたぬ間の出来事であった。

それから何分間たったか、それとも何時間たったかわからない。彼が意識を恢復した時に外套の上に積っていた雪の厚さから察すると、少なくも一時間以上もたっていたであろう。彼は無言のままふらふらと起き上った。あたりは何事もなかったように静まり返っている。彼はずきずき痛む頭へ手をあてて見た。別に血の出ている様子もない。彼は身体をゆすぶって外套の雪を払い落した。帽子を拾いあげて羅紗にくっついている雪を落してかぶった。今までポケットへ手をつっこんでいたので気がつかなかったが、手袋が片っぽしかない。あたりの雪を足でかきまぜてさがして見たがどうしても見あたらぬ。どっかで落したものらしい。彼は、この馬鹿げた事件をひとりで苦笑するより他はなかった。