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いぬがなくとガラスがこわれるか

犬がなくとガラスがこわれるか

中谷 宇吉郎

「暮しの手帖 昭和36年第3号」暮しの手帖社、1961(昭和36)年7月5日

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 20,337 字 · 41 页

青空文庫

この場合、樟脳の目方の減少を測ってみても、せいぜい一ミリグラムの十分の一か百分の一くらいであろう。

そのわずかの樟脳の蒸気が、八帖間一杯の空気とまじっている。一度に鼻の孔にはいる空気の量を一立方センチとしたら、そのなかにある樟脳の量は、一グラムの一兆分の一くらいになる。どんな機械を使ってもとても測れる量ではない。それが人間には、一瞬にしてわかってしまうのである。

匂いの量的な研究では、もっとくわしいことがわかっているにちがいないが、しかし、そういう研究を知らなくても、人間の鼻がいかに敏感なものかは、これで想像がつくであろう。ところが、犬だったら、もっと敏感である。

明石の鯛がうまいとよくいわれるが、明石の鯛とほかの土地の鯛とを、いくらくわしく分析してみても、とてもその差は出てこないであろう。

牧草中のコバルトの場合、牛にわかることが、精緻をきわめた化学分析で、どうしてもわからなかったのは、おもしろいことである。もっとも、同位元素法によって、牛の怨霊のなぞがとけたのであるから、やはり科学はおそるべきものである。

しかし、ほかに怨霊はいくらでもある。