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きょうげんのかみ

狂言の神

太宰 治

「東陽」1936(昭和11)年10月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 15,478 字 · 31 页

青空文庫

読者、不要の穿鑿をせず、またの日の物語に期待して居られるがよい)私は、煮えくりかえる追憶からさめて、江の島へ下車した。

風の勁い日で、百人ほどの兵士が江の島へ通ずる橋のたもとに、むらがって坐り、ひとしく弁当をたべていた。こんなにたくさんの人のまえで海へ身を躍らせたならば、ただいたずらに泳ぎ自慢の二三の兵士に名をあげさせるくらいの結果を得るだけのことであろう。私は、荒れている灰色の海をちらと見ただけで、あきらめた。橋のたもとの望富閣という葦簾を張りめぐらせる食堂にはいり、ビイルを一本そう言った。ちろちろと舌でなめるが如く、はりあいのない呑みかたをしながら、乱風の奥、黄塵に烟る江の島を、まさにうらめしげに、眺めていたようである。背を丸くし、頬杖ついて、三十分くらい、じっとしていた。このまま坐って死んでゆきたいと、つくづく思った。新聞の一つ一つの活字が、あんなに穢れて汚く思われたことがなかった。鼠いろのスプリング。細長い帝国大学生。背中を丸くして、ぼんやり頬杖をつく習癖がある。自殺しようと家出をした。そのような記事がいま眼のまえにあらわれ出ても、私は眉ひとつうごかすまい。