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ろうしつき
狼疾記
「南島譚」1942(昭和17)年11月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 23,540 字 · 47 页
別に悪気があるという訳ではなく(悪気をもつほどの頭の働きはこの人に無いと、一般に信じられている。)ただもう、抑えることも何も出来ずに、ひょいと握ってしまうものらしい。幾度悲鳴を上げられたり、つねられたり、睨まれたりしても、一向感じないし、感じても次の時には忘れてしまうのかも知れない。よく、それで馘にならないものだが、あの御面相だから大丈夫なんでしょう、と笑う職員もいる。このM氏が、誰も相手になってくれるものが無いせいか、週に二日しか出て来ない三造をつかまえて、しきりに色々と話をしたがるのだ。私はフランス語をやります、というのだが、聞いて見ると、それがラジオの初等講義を一・二回聞いただけらしいのである。しかし本人は別に法螺を吹くつもりで言っているのではなく、本当にそれでフランス語をやったといえるつもりなのである。この調子でM氏はドイツ語も漢詩も和歌も皆やるという。こういう話を聞きながら、三造は、M氏の鈍い眼付の中に何処か兇暴なものがあることに気のつくことがある。追い詰められた弱い者が突然攻勢に出て来る時のような自棄的なものがあるような気がするのである。